越惣太郎は昌平校に学んだ水戸藩の儒者で、早くから勤皇を志し、万延元年(1860年)、長州藩の桂小五郎らと成破の誓いをするなど、討幕運動の先駆者でした。天治元年(1864年)、天狗党の筑波山挙兵に際し田中源蔵隊に加わり、終始行動をともにして指導的役割を果たしましたが、のちに天狗党は敗れて八溝山に隠れ、ついに解党して越惣太郎は奥州に下ったところ、赤坂中野村の服部健蔵と小林勇蔵に捕縛され、棚倉藩主松平周防守の配下により赤坂中野村常行寺墓地内で処刑されました。
後年の明治維新ののち、靖国神社に合祀され、大正七年には正五位を贈られています。
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